【日体大/藤本珠輝】僕が、走り続ける理由 #8 ~速さより強さを追い求めて~
月刊誌、WEBサイトの編集を経てフリーランスとして活動。スポーツを中心に教育関連や企業PRなどの制作・運営に携わっています。屋外の取材が多く、髪の日焼けやパサつきが気になりつつも「髪コト」に参加するようになって、日々のケア方法などを実践するように。最近はヘッドスパにハマる中、みんなの人生を豊かにするよう記事づくりをしていけたらと思います。
目標は「シード権獲得と区間4位以内」。
そして「1時間7分30秒を切ってタスキをつなぐ」こと。
2022年1月2日。
起床は朝4時と決めている。静けさに包まれた窓の外は、まだ真っ暗だ。毎年準備していたウイッグもハチマキも、今年はない。真っ直ぐに“走ること”に向かいながら、およそ5時間後に迫るレースのときを思う。
第98回東京箱根間往復大学駅伝競走。
日本屈指の学生ランナーが集う、その場所は、藤本にとっては3度目の夢舞台になる。5区、1区と走ってきた道は今年、2区に変わった。
鶴見から戸塚までの23.1km。
「初めは平坦なので、どんどん攻める。中間の権太坂があるところで、いかに力を使わないかが大きなポイント」。そんなふうに考えていた。同時に、実力自慢のエースが集う区間だからこそ「一緒に走ることができれば、波に乗れる」。そんなふうにも感じていた。
9時3分58秒。
日本体育大学陸上部駅伝ブロックの藤本珠輝は鶴見中継所のスタートラインで、75年の間、つなぎ続けた伝統の白いタスキを受け取った。
5人抜きの力走、駅伝ができた実感
2区を走る藤本は、先頭から3分18秒後、後方からのスタート。だが「完全に1人ではなかったことが幸い」と話すように、ほぼ同時にタスキを受け取ったチームがあった。
注目校の一つ、順天堂大学である。
しかも走者は、昨夏、東京五輪の3000m障害で7位入賞を果たした三浦龍司だ。
1学年違いの藤本と三浦は、ともに関西の強豪高校出身。「同じレースで走ることが多い」間柄でしのぎを削ってきたが、藤本からすると「ほとんど勝ったことがなくて、正直イヤだなという気持ちが大きかった」そうだ。それでもレース前。
「どんどん攻めて、2人で前を追っていこう」と言葉を交わしていた。
走り出した横目には、三浦の「タイムが伸びそうなキレイなフォーム」が映ったが、この日の藤本の力強い走りも美しかった。
「中間地点やラップタイムを見ると、権太坂あたりで日本人選手の3番ぐらいのタイムでした。いいリズムできていた」という手応えの中で、「前を追う」気持ちが一致していた二人は、20km付近まで並走を続ける。
その状況を藤本は「流れを読みながら、地点、地点で前後を交代しながら走りました」と明かしてくれた。
決して声を掛け合ったわけではないが、三浦との走りは力に変わる。ただ、この「良いリズムで来ていた」並走によって「どこか満足してしまい、そこから抜け出ことがしにくい空気」にもなっていた。
「もう少し攻められたら」と悔やんだものの、藤本には伝統校でエースを務める矜持も広がる。20kmを過ぎて、藤本は三浦と離れた。
「三浦くんに勝つことよりも、前との差をどんどんつめたいという思いが大きかったんです。前が見える位置で、3区の大畑(怜士/カネボウ)さんに渡したいという一心でした。
20km地点で三浦くんが離れたのは、自分が仕掛けたり、ペースを上げたりしたというよりも、相手がちょっと苦しくなったのかなと感じます。
ほかの選手たちも同様で、自分が抜いた選手たちは足がほとんど動いていない状態でした。抜いた瞬間に後ろにつかれることもなかったので一気に引き離せましたが、すごく気持ちのいい経験でした」
藤本は23.1kmの間に5人の選手を抜いていた。
過去2回の箱根駅伝でも、これまでの競技生活の中でも人を抜くということがほとんどなく「特に駅伝には苦手意識があった」という藤本にとっての5人抜き。「これだけ大きな舞台で初めて普通に抜くことができたので、自分の中で手応えが残りました」と少しだけ笑顔を見せた。
戸塚中継所にたどり着いたのは、スタートから1時間07分21秒後。
チームを19位から14位に上げる力走で、区間10位の記録だった。
目標にしていた「1時間07分30秒を切る」ことを達成し、ゴール直後は「よし!って思った」そうだが、区間は10位。すぐに思い直す。
「シード権へのタイム差を縮めることはできましたが、あと10秒くらい早ければ、区間順位ももっと上がっていました。まだまだ他大学と勝負し切れていなかった」と思うと、悔しさが残る。
「周りのレベルも上がっていた。基準を高くする必要がある」ことを再確認する結果にもなっていた。
レース後、冷静に分析した自分の走りについて「23.1kmを、いいペースが維持できたことは順調に力がついてきたと感じますが、課題は後半。単純な自分の力で、後半に上げたい。今年は、後半の粘りを重視してやっていきたいと思います」と話した。
区間賞の1時間06分13秒とは1分9秒差。決して手の届かないものではないからこそ、「ここからの1年。自分の努力次第」と言葉を添えて。
3度目の箱根駅伝。再び途切れたタスキの重さ
藤本は力走を見せたものの、残りの区間を走る日体大は、苦しい状況がずっと続いていた。
走り終えた日体大の選手たちは寮に戻る。コロナ禍にあって、藤本も「自室で残りの区間を見ていた」と教えてくれた。苦戦するチームメートを応援することもできない中で、ただただ、その行方を追うしかできないもどかしさが募る。
日体大の往路のフィニッシュは、トップの青山学院大学(5時間22分06秒)から10分01秒後。5時間32分07秒だった。
箱根駅伝は、トップから10分以降のゴールとなると、翌日の復路は一斉スタートになる。
わずか1秒。届かなかった。
「あれだけみんなでやってきたのに、結果としてつながらなかった。いろいろな感情が押し寄せて、ちょっと……何も考えられなかったです」
絞り出すような声の先に、それでもまだ希望はあった。
「先頭とは約10分差でしたが、シード権は狙える位置でした。よほど悪くなければと思っていましたが、うまくいかなかった。駅伝は流れが大事な競技なのですが、その流れをつかめなかったと思います」
流れに乗り切れなかったチームは、なかなかペースが上がらずに、今回は8区と9区。2区間でタスキが途切れた。
1年生のときにも繰り上げスタートを経験している藤本にとっては、2度目の苦しさと悲しさに苛まれた。
「また、やってしまったなという感じでした。でもそれは、一人ひとりが何秒ずつでもタイムを上げれば回避できたこと。全員の責任だなと感じています。
それに今、思い返すと、1年生のときは学年的にも失敗が許せるじゃないですけど、どこかにそういう気持ちがありました。すごく深くとらえていなかった部分があったのかもしれません。
でも今回は3年生で、自分がエースという形でやってきた。そのチームでタスキが途切れたことは、より一層重く受け止めないといけないと思います」
実は、往路の日体大のタイムは過去最高の記録だった。
それでも届かないものがある。藤本は「順位が低かったということは、自分たちの基準を変えていく必要がある。そうしないと他大学とは戦えない」と悔しさをにじませた。
近年、箱根駅伝もタイムの高速化が進んでいる。優勝した青山学院大学は10時間43分42秒で大会記録を更新した。区間記録も毎年のように新記録が出ている状況だからこそ、自分たちの基準を変えていかないといけない局面に来ているのだ。
藤本が、言葉を続ける。
「日体大は叩き上げの選手が多いですけど、単純に力不足です。予選会で3位通過できたことで、みんな力がついたと感じたことや本戦前の直前合宿もいい感じだったので満足してしまった部分もあった。
そういうところも含めての練習不足。そして、箱根駅伝という大舞台慣れの両方が足りなかったのだと思います」
トップとは約28分。日体大がまず目標とするシード権を10位で獲得した法政大学とは約13分の差がある。それを1年の間に埋めていけるかどうかは、「自分たち次第」。
その思いを持つからこそ、1月4日の解散式を前に「設定タイムを守るのではなく、攻める気持ち。チーム内でも一人ひとりが『絶対、あいつには負けない』という気持ちを強く持って取り組もう」という意志を、チームメートと再確認した。
そして、それは藤本が昨夏にケガで練習から離脱をしていたときに、仲間に伝えていたことと共通する。
「自分は走れないけど、タイムが追いつくように練習をがんばれ」
チーム内での藤本はトップタイムで走る。ゆえに1年生のころからエースの宿命をたどってきたが、駅伝は一人が速くても勝てる競技ではない。それを知るから「チーム内で自分を意識してもらうため」の声掛けをするようになった。
同学年で今年1区を走った髙津浩揮や6区を走り、新チームでキャプテンを務める盛本聖也らは、「お前と同じ練習をして、お前を抜かす」と返答する。
泣いても笑っても、箱根駅伝に挑めるのは、あと1度切り。
そこへ向かう藤本に、今、改めて問う。エースとは――。
「常にチームのために安心して任せられる選手という考えは変わりません。でも、その任せられる選手は自分一人じゃなくていい。
自分と同じくらい練習して、同じくらい成長して。安心して任せられるエースを増やしたい」
世界と戦い、箱根を走る
2022年1月11日。
日体大は新チームをスタートさせた。
藤本は「走りに集中する」1年を過ごす。そこで目指すのは、10000mの日体大記録の更新。
「27分45秒は目指したいですし、ハーフマラソンも結果を出したい。チームのことは新キャプテンに任せるので、自分はしっかりとタイムを出して、背中でも引っ張っていきたい」
自分が先頭を走るだけではなく「チーム内で高め合いたい」という思いを乗せて、箱根につながる道を行く。
そして新たに、その過程でつかみたい夢がある。
“日本代表”
今年はコロナ禍によって延期されていた「FISUワールドユニバーシティゲームズがあり、春には1発勝負の代表選考会があります。そこで5000mの代表を目指したいですし、世界で戦って勝ってみたい。大舞台を経験することは、今後の競技力アップに大きくつながりますから」。
目に宿るあくなき向上心。その土台には、いつも「走ることが好き」という揺るがない想いがある。だから、失意と試練の箱根を終えてもなお、前を向ける。
“どのような1年を過ごしたいですか”
答えは明確だった。
「速さではなく強さ。勝てるチームを目指していきたい。個人的にも、速さより強さ。勝ちたいですね、今年は」
その想いは高らかに、強く。
世界を駆け抜け、箱根路を駆ける。
藤本珠輝にとってのラストイヤー。その号砲が鳴り響いた。
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公開日:2022/02/22