【日体大/藤本珠輝】僕が、走り続ける理由 #5 ~新たなシーズンのはじまり~
月刊誌、WEBサイトの編集を経てフリーランスとして活動。スポーツを中心に教育関連や企業PRなどの制作・運営に携わっています。屋外の取材が多く、髪の日焼けやパサつきが気になりつつも「髪コト」に参加するようになって、日々のケア方法などを実践するように。最近はヘッドスパにハマる中、みんなの人生を豊かにするよう記事づくりをしていけたらと思います。
『小学5年生の頃から患っている脱毛症ですが、今は落ち着き、耳回り以外はある程度生え揃いました。それに伴い関東インカレからウィッグを着用せずに走ります』
2021年5月15日、日本体育大学陸上部駅伝ブロック・藤本珠輝は、1本のメッセージをツイートした。
「中学時代までは、脱毛症の影響から髪がなかったのでキャップをかぶったりしていましたが、やっぱり周囲のいろいろな声が聞こえてきて……『気にしない』と決めていても、心の中では引っかかることもありました。
でも、ウイッグをつけ始めてからは、そういうことが本当になくなって。メンタル面は自分のパフォーマンスにも影響します。その部分を補ってくれているものだから、(ウイッグに対して)感謝の気持ちも強いんです」
恐怖心はあったかもしれない。悩む時間もあっただろう。
学年がひとつ上がり、3年生としてチームの主軸を走る彼の今シーズンは、より注目される日々が待っている。
それでも「髪の毛が生えてくることはうれしい」という気持ちと「このまま髪が生えてきてほしい」という願いが胸の中に広がった。
これまでの競技生活の支えになっていたウイッグを外すことは、大きな決断。
そこに、“自分自身”と向き合い続ける、彼の決意表明に似た感情が見え隠れした。
結果を残した春シーズン
2021年1月。自身2度目の箱根駅伝を走り終えた藤本は、「身体と心を休めた後、3月まではひたすら冬場の走り込みをしていました」と教えてくれた。
冬は、来る本格的なレースシーズンに向けて体づくりの時期でもある。走力、体力、気力を蓄えながら土台を形作っていく時間に、毎週30キロ走に取り組んだほか、「1年前は新型コロナウイルス感染症によって活動ができなかったことを考えると、そのころとは比べ物にならないくらいの練習量と内容をこなした」。
さらに藤本は言う。
「春からは(チームと相談して)あえて周囲にあわせず、自分のペースでトレーニングに取り組んだんです。ひとりで練習をすることが増えましたが、そうすると以前は苦しかったペースも徐々に余裕を持って走れるようになりました。
これまでは、大会でタイムが出て自分の伸びしろを実感することが多かったのですが、今回は練習の段階で力がついてきた実感があったんです。それが自信につながりました」
その言葉通りに、冬から春にかけての藤本の走りは爽快なものだった。
2月27日、第104回日本選手権クロスカントリー、シニア10kmを29分21秒で走り7位入賞を果たす。トップの三浦⿓司(順天堂大)からわずか11秒差で、大学ランナーとしては2番目の好記録。全国大会で初入賞を収めると、続く4月10日の日本学連10,000m記録会では28分08秒58のタイムで、自己ベストを2分6秒も一気に更新する。
その勢いは滞ることなく、関東インカレ、全日本大学駅伝予選会、日本選手権と続いていった。
走って、走って、走る毎日は「当然きつい」。
「他大学より試合数は圧倒的に出ていると思う」と本人も話すように、レース間隔は中5日という時期もあったそうだが、確かな手応えが、また次に向かわせる。
思い返せば昨シーズンは、練習の成果をレースで発揮する場がほとんどなかった。コロナ禍によって様変わりした日常風景の中で、大会は相次いで中止となり、他校との力の差や自分の現在地も見えなくなった。
久しぶりにレースに出場すれば、練習の自信は過信であったことを突きつけられてしまう。
そうした時間を経験したからこそ、コンスタントにレースに出続けることの重要さを、藤本は知っていた。
今の実力がどこにあるのかを確認しながら進んでいく毎日は、充実の時。走った距離と競った時間。そして、濃密な練習内容が、好結果に繋がっていく。
加えて、1年以上続いているコロナ禍の環境もプラスに変えた。
「きつい部分もありますが、大学の授業がオンラインになって時間を有効的に使えるようになりました。
僕の場合はケアに使う時間が増えて、より競技力を広げることができていると思います。もちろん、リフレッシュがしにくいという面もありますけど……」
そう言って苦笑いを浮かべながらも、苦しい状況はみんな同じ。でも、そこから何を見出して、力にできるかは自分次第。“藤本珠輝”というランナーは、これまでも苦難に背を向けずに、前を向いて立ち上がってきたアスリートだった。
彼の言葉に熱がこもる。
「身体的な疲労はあっても、秋以降につながるようなシーズンになった」
真価の問われる秋シーズンに向かって
“秋以降”
それは、10月23日の箱根駅伝予選会を始め、自らが手繰り寄せた全日本大学駅伝や更新を目論む記録会が待っている白熱のレースシーズンを指す。
年明けには、みたび、挑みたい夢の箱根路。お正月に“大手町”を走り出せるかは、この時期にかかっている。
冬に蓄えた力を春に芽吹かせていた藤本は、チームで最も早いタイムを持つ選手として、また上級生としての矜持を抱えて、結果を残す走りを続けた。
だからこそ、秋シーズンは真価が問われる。
そして、その季節に、もうひとつ考えていることがある。
「ハチマキ、どうしようかな……」
大学に入ってからもウイッグを固定するためにつけていたハチマキを、5月からはしていなかった。
「ハチマキはトレードマークにもなっていたりするので、つけていないほうが違和感があったりするんです。自分をアピールできるのであればという思いもあるので、夏以降、もう一度つけるかを考えています」
少しずつ伸び始めている髪型に手をやり、思いを巡らせる。
かつて藤本は言っていた。
「レースに勝つことや活躍することで、円形脱毛症という病気のことも知ってもらえる。この病気がどういうものなのか、もっと多くの人に知ってもらいたい」
好記録を出したことで、メディアに取り上げられる機会も増えた。だからこそ、今、ハチマキを再び手にすることを考えるのだ。
ランナーとしての確かな手応えが、脱毛症と向き合う自分自身の背中を押す。
ウイッグを外したときに耳に入りそうな雑音も不安も、結果を残して吹き飛ばした。
下した決断は、明日への活力。
誰よりも早く、誰よりも強く。
白いハチマキをたなびかせるイメージが、今の彼にはできている。
二十歳の春は、飛躍のとき。
2021年のスタートは、そんなふうに始まっていた。
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公開日:2021/09/28